■中国メディアが外務省の中国地図公表に対抗
「日本人は自分たちが出版した地図で、釣魚島は日本に属さないと記しているではないか!」
「一部の日本人はぬけぬけと嘘を衝いている。狡賢すぎる!」
メディアの前でそう憤って見せるのが、中国河南省の古書収集家、李儒彬だ。
彼が罵る「一部の日本人」というのは日本の外務省のことだ。最近、一九六九年に「尖閣群島」との日本名を記載した中国政府発行の地図をHPに掲載したのが許せないわけだ。
李儒彬を取材した洛陽晩報はこう報じる。
―――(外務省の地図公表を受け)李儒彬は自身が収蔵する千点以上の地図の中で、釣魚島が中国に属すると明示するものは少なくないことを思い出した。彼は「日本人が出版した二冊の地図帳が最も説得力がある。それらは完全に中国領だと証明している」と話している。
この報道は明らかに外務省の地図公表への対抗措置である。
■素人分析も動員―侮れない中国の宣伝工作
それでは尖閣を中国領と「証明している」とする「二冊の地図帳」とは何か。
一つは一八八六年に青木嵩山堂が出版した『万国地図』だという。
――― 『万国地図』中にある日本本国の地図は非常に詳細だが、釣魚島が見えない。つまり「尖閣諸島」と書かれていないのだが、中国の地図には、釣魚島の位置にい くつかの小島を示す黒点がはっきりと見える。李儒彬は「これは日本人が当時、釣魚島とその付属島嶼の位置を知っていたことを物語る。もし日本の国土と看做 していたなら、それらを日本地図に入れないわけがない」と話している。
李儒彬の指摘の通りだ。日本が尖閣を領有するのは一八九五年。つまりこの地図が出版された一八八六年は、まだ「日本の国土」ではなかったのである。
したがって、これを以って尖閣が中国領と「証明」されたとは言えないわけだが、中国にとって、そんなことはどうでもいい。こうした稚拙な素人の分析も含め、使えると思えるものなら直ちに動員、利用してしまうところも、あの国の宣伝工作の恐ろしさがある。
■自信満々の報道―帝国書院の地図を持ち出し
そしてもう一つの地図帳は、一九八七年に帝国書院が発行した『中国国勢地図』だそうだ。 . 帝国書院『中国国勢地図』は中国国勢地図の日本語訳。原本に忠実に尖閣を中国領と記載したところ、これが中国の宣伝工作に利用されるところとなった
洛陽晩報は次の如く、自信満々に報じる。
―――『万国地図』の黒点だけでは不明確というのなら、『中国国勢地図』はどうか。こちらははっきりと、中国語と日本語で、釣魚島を中国版図内に表示している。
―――これは中国地図を専門に紹介する物で、「茨城大学図書館」の印が押されている。これの翻訳、発行は帝国書院。編集は中国地図出版社となっている。
―――その四頁の「中国行政区」、十頁の「中国の地形」、四十九頁の「江西省、福建省、台湾省」の地図中の右下の釣魚島の位置には、みな中国語と日本語ではっきりと「釣魚島」、「赤尾嶼」と記されている。
―――帝国書院は地図や社会科教材が専門の出版社。日本では非常に影響力がある。
―――李儒彬は「日本の出版社は中国で測量を行う権限がない。そこで中国の版権で買い、それを翻訳、編集して日本で刊行するとのがとてもよく見られるケース。これが中国地図出版社編とする理由だ」と話す。
かの帝国書院が、尖閣を中国領と実証しているというのか。
■無防備ゆえに中国に利用された帝国書院
報道の通り、帝国書院の『中国国勢地図』の著者名(編者名)は「中国地図出版社」。同社は日本の国土地理院に相当する国家測絵地理信息局に帰属する地図の出版社だ。そう言えば外務省が公表した中国の地図も同局の発行である(当時は国家測絵総局と称した)。
帝国書院の説明では、この商品は「中国ナショナルアトラスの日本語版」。タイトルの通り、中国国勢地図を、そのまま翻訳したものだ。
地 名表記は中国の簡体字のままで、中国の地名には片仮名で現地読みのルビが付されている。そして尖閣諸島だが、そこには「釣魚島」「赤尾嶼」という二つの島 名が見える。それぞれ釣魚島、大正島の中国語名だ。しかもそこには「ティアオユィタオ」「チーウェイユィ」といったようなルビが見えるのである(少し不正 確かもしれない。洛陽晩報の掲載写真を見ているが、不鮮明)。その付近にある「八重山群島」「与那国島」にはルビはない。
原書がそうなっているからとは言え、こうした表記は好ましいだろうか。日本人向けの商品である以上、購入者、利用者の誤解を招かないよう、きちんと注釈を施すべきではなかったのか。
しかもこのような無防備な編集だからこそ、中国の宣伝にも好いように利用されてしまうのだ。
つまり、領土の問題に関わる問題は慎重に取り扱わなくてはならないということだ。これは日本の出版業界の今後の大きな課題である。
■国民を欺き国益を損ねていいのか
実際に洛陽晩報は、下のようにも宣伝し、国内外に向けて外務省HP情報の無力化を図っている。
――― 李儒彬は「日本の出版社が版権の内容を認可し、それについて法的責任を負うということだ。しかも『尖閣諸島』ではなく『釣魚島』『赤尾嶼』と訳し、それが 三カ所で見られるのだから、翻訳の間違いではない。日本側は中国に帰属すると心ではわかっているのだ。この地図帳が出版されたのは、今回外務省が公表した 地図の発行から十八年後。釣魚島が中国領であるとの証明だ」という。
もちろん李儒彬のこの指摘は正しくない。しかしここまで書かれれば、中国国民の多くは「そういうものだ」と信じてしまうだろう。こういった事態も視野に、日本の出版業者は慎重にやらなければならないのだ。
しかし、帝国書院に「慎重にやれ」と求めても、無理ではないか。
「尖閣は日本領」と注釈しろと言われても、「それをしたら中国側から翻訳出版を許されない」と反論することと思う。それであるなら出版を止めるべきだ。
帝国書院はは同社発行の社会科教科書においても、中国の出版物からの引用との但し書きを付け、台湾を含む中国の地図や統計を載せているのである。 帝国書院の高校用教科書『新詳高等地図』にある中国資料地図。「中国地図集、ほか」と中国側の資料を引用元と断りながら、台湾を中国領土として記載し、生徒に中国の虚構宣伝を押し付けている
中国の虚構宣伝をを購読者、利用者(ここでは学校の生徒)に押し付けることに、何の躊躇いもないわけだ。もちろん『中国国勢地図』も、台湾は中国領土扱い。
実際に帝国書院は「日本では非常に影響力がある」出版社だ。ほとんどの日本国民は、その商品に嘘の情報が含まれているなど、夢にも思わない。
要するに帝国書院を含む出版業者は、中国の虚構宣伝に加担して国民を欺き、国益を損なう商品を売ってはならないということだ。
中国でなら、そうした売国出版社は直ちにお取り潰しだ。日本は民主主義国家につき、そうしたことはあり得ないとしても、だからと言って、背信行為の自由があるということにはならない。
こうした議論を今後は高めるべきではないのか。今回の中国側による帝国書院の出版物の宣伝利用は、その好機である。
⇒本項は『台湾は日本の生命線』(2015年4月2日条)の転載です。
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-2543.html
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■中国メディアが外務省の中国地図公表に対抗
「日本人は自分たちが出版した地図で、釣魚島は日本に属さないと記しているではないか!」
「一部の日本人はぬけぬけと嘘を衝いている。狡賢すぎる!」
メディアの前でそう憤って見せるのが、中国河南省の古書収集家、李儒彬だ。
彼が罵る「一部の日本人」というのは日本の外務省のことだ。最近、一九六九年に「尖閣群島」との日本名を記載した中国政府発行の地図をHPに掲載したのが許せないわけだ。
李儒彬を取材した洛陽晩報はこう報じる。
―――(外務省の地図公表を受け)李儒彬は自身が収蔵する千点以上の地図の中で、釣魚島が中国に属すると明示するものは少なくないことを思い出した。彼は「日本人が出版した二冊の地図帳が最も説得力がある。それらは完全に中国領だと証明している」と話している。
この報道は明らかに外務省の地図公表への対抗措置である。
■素人分析も動員―侮れない中国の宣伝工作
それでは尖閣を中国領と「証明している」とする「二冊の地図帳」とは何か。
一つは一八八六年に青木嵩山堂が出版した『万国地図』だという。
――― 『万国地図』中にある日本本国の地図は非常に詳細だが、釣魚島が見えない。つまり「尖閣諸島」と書かれていないのだが、中国の地図には、釣魚島の位置にい くつかの小島を示す黒点がはっきりと見える。李儒彬は「これは日本人が当時、釣魚島とその付属島嶼の位置を知っていたことを物語る。もし日本の国土と看做 していたなら、それらを日本地図に入れないわけがない」と話している。
李儒彬の指摘の通りだ。日本が尖閣を領有するのは一八九五年。つまりこの地図が出版された一八八六年は、まだ「日本の国土」ではなかったのである。
したがって、これを以って尖閣が中国領と「証明」されたとは言えないわけだが、中国にとって、そんなことはどうでもいい。こうした稚拙な素人の分析も含め、使えると思えるものなら直ちに動員、利用してしまうところも、あの国の宣伝工作の恐ろしさがある。
■自信満々の報道―帝国書院の地図を持ち出し
そしてもう一つの地図帳は、一九八七年に帝国書院が発行した『中国国勢地図』だそうだ。
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帝国書院『中国国勢地図』は中国国勢地図の日本語訳。原本に忠実に尖閣を中国領と記載したところ、これが中国の宣伝工作に利用されるところとなった
洛陽晩報は次の如く、自信満々に報じる。
―――『万国地図』の黒点だけでは不明確というのなら、『中国国勢地図』はどうか。こちらははっきりと、中国語と日本語で、釣魚島を中国版図内に表示している。
―――これは中国地図を専門に紹介する物で、「茨城大学図書館」の印が押されている。これの翻訳、発行は帝国書院。編集は中国地図出版社となっている。
―――その四頁の「中国行政区」、十頁の「中国の地形」、四十九頁の「江西省、福建省、台湾省」の地図中の右下の釣魚島の位置には、みな中国語と日本語ではっきりと「釣魚島」、「赤尾嶼」と記されている。
―――帝国書院は地図や社会科教材が専門の出版社。日本では非常に影響力がある。
―――李儒彬は「日本の出版社は中国で測量を行う権限がない。そこで中国の版権で買い、それを翻訳、編集して日本で刊行するとのがとてもよく見られるケース。これが中国地図出版社編とする理由だ」と話す。
かの帝国書院が、尖閣を中国領と実証しているというのか。
■無防備ゆえに中国に利用された帝国書院
報道の通り、帝国書院の『中国国勢地図』の著者名(編者名)は「中国地図出版社」。同社は日本の国土地理院に相当する国家測絵地理信息局に帰属する地図の出版社だ。そう言えば外務省が公表した中国の地図も同局の発行である(当時は国家測絵総局と称した)。
帝国書院の説明では、この商品は「中国ナショナルアトラスの日本語版」。タイトルの通り、中国国勢地図を、そのまま翻訳したものだ。
地 名表記は中国の簡体字のままで、中国の地名には片仮名で現地読みのルビが付されている。そして尖閣諸島だが、そこには「釣魚島」「赤尾嶼」という二つの島 名が見える。それぞれ釣魚島、大正島の中国語名だ。しかもそこには「ティアオユィタオ」「チーウェイユィ」といったようなルビが見えるのである(少し不正 確かもしれない。洛陽晩報の掲載写真を見ているが、不鮮明)。その付近にある「八重山群島」「与那国島」にはルビはない。
原書がそうなっているからとは言え、こうした表記は好ましいだろうか。日本人向けの商品である以上、購入者、利用者の誤解を招かないよう、きちんと注釈を施すべきではなかったのか。
しかもこのような無防備な編集だからこそ、中国の宣伝にも好いように利用されてしまうのだ。
つまり、領土の問題に関わる問題は慎重に取り扱わなくてはならないということだ。これは日本の出版業界の今後の大きな課題である。
■国民を欺き国益を損ねていいのか
実際に洛陽晩報は、下のようにも宣伝し、国内外に向けて外務省HP情報の無力化を図っている。
――― 李儒彬は「日本の出版社が版権の内容を認可し、それについて法的責任を負うということだ。しかも『尖閣諸島』ではなく『釣魚島』『赤尾嶼』と訳し、それが 三カ所で見られるのだから、翻訳の間違いではない。日本側は中国に帰属すると心ではわかっているのだ。この地図帳が出版されたのは、今回外務省が公表した 地図の発行から十八年後。釣魚島が中国領であるとの証明だ」という。
もちろん李儒彬のこの指摘は正しくない。しかしここまで書かれれば、中国国民の多くは「そういうものだ」と信じてしまうだろう。こういった事態も視野に、日本の出版業者は慎重にやらなければならないのだ。
しかし、帝国書院に「慎重にやれ」と求めても、無理ではないか。
「尖閣は日本領」と注釈しろと言われても、「それをしたら中国側から翻訳出版を許されない」と反論することと思う。それであるなら出版を止めるべきだ。
帝国書院はは同社発行の社会科教科書においても、中国の出版物からの引用との但し書きを付け、台湾を含む中国の地図や統計を載せているのである。
帝国書院の高校用教科書『新詳高等地図』にある中国資料地図。「中国地図集、ほか」と中国側の資料を引用元と断りながら、台湾を中国領土として記載し、生徒に中国の虚構宣伝を押し付けている
中国の虚構宣伝をを購読者、利用者(ここでは学校の生徒)に押し付けることに、何の躊躇いもないわけだ。もちろん『中国国勢地図』も、台湾は中国領土扱い。
実際に帝国書院は「日本では非常に影響力がある」出版社だ。ほとんどの日本国民は、その商品に嘘の情報が含まれているなど、夢にも思わない。
要するに帝国書院を含む出版業者は、中国の虚構宣伝に加担して国民を欺き、国益を損なう商品を売ってはならないということだ。
中国でなら、そうした売国出版社は直ちにお取り潰しだ。日本は民主主義国家につき、そうしたことはあり得ないとしても、だからと言って、背信行為の自由があるということにはならない。
こうした議論を今後は高めるべきではないのか。今回の中国側による帝国書院の出版物の宣伝利用は、その好機である。
⇒本項は『台湾は日本の生命線』(2015年4月2日条)の転載です。
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-2543.html
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